2025.04.08
目次
抗がん剤という言葉を耳にされた飼い主様は多いのではないでしょうか。
「愛犬に抗がん剤が必要と言われたが副作用が心配」
「人間のように脱毛や激しい吐き気といった強い副作用はあるの?」
「抗がん剤で私達家族が気をつける点はあるの?」
といった不安をおもちではないでしょうか?
今回は、犬の飼い主様に
・抗がん剤とは
・抗がん剤治療の副作用
・注意点
について解説します。
ぜひ、最後までお読みいただき、愛犬の抗がん剤治療について正しい知識を得ることで、より良い判断のお手伝いができれば幸いです。
なお、正確には「抗がん剤」は治療に使用される薬剤そのものを指し、「化学療法」はそれらの薬剤を用いた治療方法全体を指します。このブログでは飼い主様にも馴染みやすい「抗がん剤治療」という表現で解説していきます。
人間と同様に犬も、年齢とともにがんにかかりやすくなります。犬の死因のトップはがんで、調査報告では約50%前後です。
一般的な犬のがん治療には大きく分けて3つの方法があり、がんの種類や場所、進行度合いによって選択されます。がんの治療はどれか単独よりも組み合わせて実施されることが多いです。
がんの病巣を物理的に切除する方法です。がんが他の臓器に転移がない場合、全てのがん細胞を完全に切除することで、根治の見込みが非常に高まります。
放射線をがんに当てることで、がん細胞を死滅させる治療法です。正常組織への影響を最小限に抑えながら、がん細胞にダメージを与えます。処置には全身麻酔が必要で、何回か定期的に実施します。
抗がん剤、化学物質を使ってがん細胞の増殖を抑えたり、破壊したりする治療法です。がんの増殖を抑えたり、転移や再発を防ぐ目的で使用されます。
手術や放射線は局所的な治療であるのに対して、抗がん剤はより広範囲に治療の効果が及ぶので、血液やリンパのがん(リンパ腫)のように広い範囲の治療を行う必要があるときに用いられます。
犬の抗がん剤治療は、すべてのがんに対して同じように効果があるわけではありません。特に、以下のような状況で有効性を発揮します。
リンパ腫や白血病などの血液系のがんでは、がん細胞が全身に広がっているため、体全体に作用する抗がん剤治療が最も効果的です。
犬のリンパ腫では、無治療での生存期間が約1~2ヶ月とされるのに対し、抗がん剤治療を行うと平均約1年、なかには2年以上生存する犬も見られます。
診断時にすでに他の臓器やリンパ節に転移が見つかっている場合、手術や放射線だけではすべてのがん細胞を取り除くことが困難です。こうした場合、抗がん剤は体全体に広がったがん細胞に作用することができます。
肥満細胞腫や血管肉腫などの悪性度の高いがんでは、手術でがんを取り除いた後も、目に見えない微小転移が残っている可能性があります。そのような場合、術後に抗がん剤治療を行うことで再発リスクを低減できることがあります。
一部の腫瘍では、手術の前に抗がん剤治療を行う「ネオアジュバント療法」が有効な場合があります。抗がん剤によって腫瘍を小さくしてから手術を行います。
腫瘍のサイズが小さくなることで、外科療法の効果が高まり、再発のリスクが低減されます。また、目に見えない微小転移巣に早期から対処できるという利点もあります。
人医学と獣医学の世界では抗がん剤の治療コンセプトが異なります。
人の場合、抗がん剤による治療は病気の「根治」を目指して使用されます。そのために非常に高用量の抗がん剤を投与する必要があります。当然、副作用も強く、脱毛や重度の吐き気、免疫力低下などが起こり、抗がん剤治療中は一定期間入院が必要となることが一般的です。
犬の場合、抗がん剤治療の最大の特徴は、QOL(生活の質)を最優先することです。臨床現場で、強い副作用に対する対策が人医療ほど整っていないという事情もあります。また、可能な限り健康的に、家族と普段通りの生活を送れることを目標としています。
これが、多くの飼い主様が抱く「抗がん剤は副作用がきつい」というイメージとは異なる点です。実際には人に比べて低用量で投与されるため、副作用は比較的軽度に抑えられます。一般的な脱毛は犬ではほとんど見られず、消化器症状も軽度で短期間のことが多いです。
犬には人ほど強力な抗がん剤治療を行うことができません。抗がん剤の投与によって腫瘍細胞が消えたかのようにみえた(寛解状態といいます)としても、実際には体のどこかに腫瘍細胞が残っている場合がほとんどです。時間経過とともに、最終的には再発や転移を引き起こす可能性があります。
抗がん剤治療を検討する際、多くの飼い主様が最も心配されるのは副作用についてです。犬の抗がん剤治療では人間ほど強い副作用は現れませんが、主に骨髄抑制、消化管毒性、脱毛が挙げられます。それぞれの副作用と対処法について解説します。
骨髄抑制とは、抗がん剤の影響により骨髄の機能が低下し、血球成分がつくりづらくなる状態です。
白血球は、体内に入ってきた細菌やウイルスと戦う「兵隊」のような役割を果たしています。抗がん剤治療の副作用として、白血球が減少すると体の防御機能が弱まり、感染症のリスクが高まります。
使用する薬剤によって異なりますが、抗がん剤投与から5〜10日後に白血球数が最も低下し、その後徐々に回復します。この期間は特に注意が必要です。
明らかに体が熱い、元気・食欲の急な低下といったいつもと違う様子がある場合は、なるべく早く動物病院を受診するようにしましょう。
嘔吐や下痢、食欲不振などの消化器症状は、犬の抗がん剤治療でよく見られる副作用で、2〜3割程度の犬で認められます。症状の程度は様々で、使用される抗がん剤の種類によっても異なります。
抗がん剤投与日から3~4日目をピークとし、1週間程度で落ち着きます。
投与する抗がん剤の種類によって毒性が出る可能性が高い場合は、あらかじめ整腸剤や制吐剤が処方されます。自宅では消化の良い食事を与えたり、脱水予防のため飲水を促すことも大切です。
犬の抗がん剤治療では、一部の薬剤で脱毛が起こることがあります。人の抗がん剤治療で見られるような完全な脱毛は少なく、多くの場合は毛質の変化やひげが抜ける程度(使用する薬剤によっては、毛色が薄くなる場合もある)、または部分的な脱毛にとどまります。
脱毛症による見た目の変化は飼い主様にとって心理的な負担になることもあるでしょう。何かご不安な点がありましたら、お気軽に獣医師までご相談ください。
犬での抗がん剤治療は、人ほどの強い副作用はないもののリスクがゼロなわけではありません。抗がん剤治療を始める前に、飼い主様として知っておくべきポイントをいくつか解説します。
犬のがんについて以下の情報を説明してもらいましょう。
犬のがんは種類や進行度、転移の有無によって治療アプローチが大きく変わります。情報をしっかり理解することで、最適な選択ができるようになります。
また、治療した場合と治療しない場合でどの程度寿命が変わるのかという点も抗がん剤治療を考える上で、大切です。
抗がん剤治療のゴールは、がんの種類や進行度によって異なります。
以下の点について説明を受けましょう。
どのような目標であれ、犬の抗がん剤治療では「生活の質(QOL)」を最優先にすることが大切です。飼い主様自身の心の準備や、愛犬と家族にとって何が最優先かを考える上でも、治療目標を事前にしっかり理解しておくことが役立ちます。
治療計画(プロトコル)について、以下の点を確認しておきましょう。
プロトコルとは、抗がん剤の種類や投与量、スケジュールなどを含む詳細な治療計画のことです。
犬のがんの種類や進行度によって、治療法が異なります。例えば、リンパ腫のように週1回通院が必要なものもあれば、定期的な抗がん作用のある薬の服用で治療がなされる場合もあります。治療期間も数か月に及ぶものもあります。
各抗がん剤によって予想される副作用も異なるため、事前に詳しい説明を受けておくことで、万が一副作用が出たときに迅速に対応できます。治療中は定期的な血液検査や画像検査などで、副作用の有無や治療効果を評価していきます。
抗がん剤治療は比較的長期間にわたることが多く、費用も飼い主さんがご心配されるもう1つの要素かと思います。
以下の要素が費用に関わってきますので、事前に確認しておきましょう
犬の抗がん剤治療は、一般的な治療と比べて費用がかさむ傾向があります。抗がん剤自体も種類がたくさんあり、個々の薬剤によって値段が全く異なります。
また、犬の抗がん剤治療では、毎回体の状況を把握する必要があります。抗がん剤を使える状態かどうかのチェックや、副作用が出ていないかなどを確認するための血液検査やその他の検査が必要です。
犬が抗がん剤治療を受けた後は、自宅でのケアや観察が重要になります。
以下のポイントに注意しましょう。
抗がん剤は投与後、一定期間犬の体内に残り、尿や便などから排出されます。特に投与後2~3日間は注意が必要です。
なるべく手袋を着用して、排泄物には直接触れないようにしましょう。特に小さな子供や妊婦さんがいる家族では注意が必要です。
犬に処方された飲み薬であっても人に影響を及ぼします。飲み薬で処方された場合には、できる限り素手では触れず、錠剤の分割などはしないようにしましょう。
犬の抗がん剤治療後は、食欲低下や元気の低下、発熱の有無などに注意する必要があります。特に治療後5〜10日頃は白血球が減少するため、感染症のリスクが高まります。この期間に急に元気・食欲がなくなった、体が熱っぽいなどの症状があれば必ず動物病院を受診するようにしましょう(可能であれば、化学療法での治療中は自宅での体温測定も推奨します)。
犬の抗がん剤治療を選択するかどうかは、悩ましい決断になることもあります。愛犬と家族にとって何が最善かを考えた上で、治療方法を選択していくことが大事です。
抗がん剤治療を選択しない場合も、緩和ケアなど愛犬が快適に過ごすための選択肢があります。どのような選択をするにしても、獣医師とよく相談し、愛犬にとって最良の道を選択しましょう。
当院では、1頭1頭の愛犬に合わせた最適ながん剤治療を提供しています。治療に関する疑問や不安がございましたら、どうぞお気軽に当院までご相談ください。
監修:CUaRE 動物病院京都 四条堀川